２００２年釣行記（２）

第２章
　２日目は私とＦ氏にマリーのガイドが付いた。マリーの家の裏を流れるＲ川本流を釣ることになった。この日は偶然にも私の誕生日だった。牧場を抜けて釣り場に向かって歩きながらマリーが私に聞いた。
「今日はどんな魚が釣りたい」
「そうだなぁ、レインボーもいいけど、綺麗なブラウンが釣りたいな」
　川に降りてすぐにマリーが岸際に定位している魚を見つけた。魚は水面を意識していた。この時期の補食対象の中心はレースウイングと呼ばれるウンカに近縁の陸生昆虫である。たいていは１６＃のＣＤＣカディスパターンでカバーできる。このパターンを４Ｘティペットの先に結びフィーディングレーンを慎重に流した。魚はフライを見るが口を使わない。いくつかの手持ちのパターンを試したが魚に口を使わせることはできなかった。
「このパターンを使おう」
　マリーが見せてくれたのは１８＃位のフラットなレースウイングパターンだった。
「とてもリアルで良さそうだけど、僕にはこれは見えないよ」
「じゃ、インジケーターをつけるか」
　フライの３０センチほど上に小さく粘土状のインジケータをつけた。これなら見える。インジケータが魚の上を通過した次の瞬間、魚が浮上した。一呼吸おいてあわせた。違和感を感じた魚が激しく反応した。背後でマリーの大きな声がした。
「誕生日おめでとう。この魚は俺からの誕生日プレゼントさ」
「ありがとうマリー。でも、おめでとうの言葉は魚をキャッチしてから言ってくれよ。結構こいつは手強いぜ」
　そう笑って話しながら魚との距離を詰め、魚のマリーの持つランディングネットへと追い込んだ。釣れたのは４５センチほどの綺麗なブラウントラウトだった。とても嬉しいプレゼントとなった。

　昼食後は昨年綺麗なレインボートラウトを釣った崖下のポイントに入った。
「去年ここで綺麗なマスを釣ったのを覚えてるかい」
「もちろんさ。今年も良いマスが入ってるはずだぞ」
　言葉通り数匹のマスがクルージングしながらライズを繰り返していた。しかし、ここでもＣＤＣカディスのレースウイングパターンは不発だった。
「ローヤルウルフを持ってるか。１６番がいいな」
　崖の上でマスの位置を指示してくれていたマリーが言った。普段使わないパターンだが、事前にマリーから用意しておくと良いと言われていたので、何本かフライボックスに入れていた。魚の位置がめまぐるしく変わり、魚のいる場所にフライを流すのに苦労した。数分後、幸運にもキャストしたフライを魚が口にした。本流の流れに乗り必死に抵抗する魚を下流に回り込んだマリーがランディングしてくれた。綺麗なレインボートラウトだった。
　その次に入ったポイントでも活躍したのはローヤルウルフだった。私のロッドはダブルニンフがセットされていたので、マリーのバンブーロッドを借りて釣った。昨年もマリーのバンブーロッドで魚をかけているが、それは止水に近いプールでのことだった。ところが今回は渡るのにも苦労するような荒瀬でのファイトである。ロッドの限界が掴めていないのでマスを無理に止められない。しかし、走らせれば瀬を一気に下られる。状況はシビアだが、ファイトしているうちにそれがかえって楽しくなってきた。１０分近く私の相手をしてくれたのは５５センチのレインボートラウトだった。マスはフックを外すと再び元気良く流れに帰っていった。その後、同じようなサイズのレインボートラウトをニンフで２匹釣り、マリーの家に戻った。

　昨年は昼間の釣りだけだったが、今年はイブニングの釣りも楽しもうと計画していた。そこで事前に夕食を早めに用意してくれるようマリーにお願いしてあった。夕食後の団欒もそこそこに再度釣り支度を整え、４人でキャナルに向かった。
　キャナルに着いたのは１９時１５分頃だった。夏時間なので、この時期の日没は１９時３０分過ぎである。光量が落ち始めた水面では散発的なライズが既に始まっていた。
　ここの魚が用心深いことは昨日も経験済みだった。そこで、まずはドロッパーニンフのシステムで藻の奥にいる魚を狙うことにした。ところが魚は拍子抜けするほど簡単にフライに反応した。３０センチほどのマスが立て続けに４匹ほど釣れた。マスたちには既に補食のスイッチが入っているようだった。
　暗さが増すにつれてライズが増えてきた。そこでニンフを外し、大きめのカディスパターンを３Ｘティペットの先に結んだ。流れが緩いのでライズリングの中心を狙ってフライを落とした。フライの周囲にすぐに波紋が広がった。立てたロッドに重たい魚の感触が伝わってきた。釣れたのは４０センチほどの丸々と太ったブラウントラウトだった。フライを外し、軽く乾かして次のライズを狙った。すぐにまた反応があった。
　気がついたら辺りはすっかり暗くなっていた。時計の針は２０時３０分を指していた。１時間足らずの間に良型のブラウントラウトだけで１０匹近く釣ったはずだった。実際には何匹釣れたか数える暇さえなかった。車に戻る道、見上げた夜空には南十字星が輝いていた。最高の誕生日となった。